よくある質問(FAQ)

熱電対・補償導線

K熱電対の不可避誤差(ショートレンジオーダリング:SRO)とは?

 K熱電対を250℃~550℃近傍で、ある程度の時間使用したのちに温度検査・校正を行うと、プラス側に誤差が大きく出ることがある、この原因と対策は?

■事象
 K熱電対を約250℃~550℃の温度範囲に曝すと、曝された部分の熱起電力が徐々に上昇し、挿入長さを変化させることにより実際の温度より数℃高く指示する現象で、約650℃以上になると元の状態に回復する。この温度範囲は文献によりやや異なる。実際の使用深さと、校正時の挿入深さが異なることで顕著に現れる。挿入長さを短く変化させなければ、大きな変化は現れない。

■原因
 一般に結晶構造の短範囲規則性(Short Range Ordering、以下SROと呼ぶ)により、ゼーベック係数が可逆的に変化する事象で、K熱電対の+脚(KP:クロメル)の主成分である、NiとCrの 原子配列が250℃~550℃の範囲で規則的に配列することによりゼーベック係数が増加し、その温度に曝された部分が不均質になる。この不均質な部分に挿入長さを変えて、温度勾配が与えられることにより、熱起電力の増加が生じる。
 この熱起電力の増加量は、温度と時間に大きく依存し350℃~450℃の範囲が最も影響が大きく、例えば350℃の場合5分間で0.9℃、45分間で 1.9℃、7時間で3.7℃、30日間で5℃の様に短期間で比較的大きな誤差が生じることがある。Crの規則配列が支配的であるといわれているが、これらの事象は約650℃以上に加熱すると規則性がなくなり元の状態に戻る。温度とゼーベック係数の変化を下図に示す。

温度とゼーベック係数の変化の画像

■対策
 この事象はK熱電対の物理的現象であるため、根本的に阻止することは困難であるが、熱処理(Aging)を施すことにより緩和することが可能である。  あらかじめ、低めの熱起電力特性の熱電対に、実際に使用する温度近傍(例えば450℃)の温度で熱処理を施し、SROを前もって与え、その範囲内で許容 差に入るよう安定させる。この方法により、250℃~550℃の温度範囲で使用しても熱起電力の上昇は微量で済ませられる。但し元々の熱起電力は低めであるため、SRO範囲以上の温度(約650℃以上)で使用した場合、元の特性に戻りマイナス目に許容差を逸脱する。但し、このような特性を持った熱電対素線の入手は困難である。
 なお、SROを受けた熱電対の挿入長さを、使用時より長く挿入すると正常な値を示す。

■熱処理上の注意点
 熱処理はSROを緩和する手法として用いられるが、熱処理温度と材質によりシース熱電対に損傷を与えることもあるので注意が必要である。
 オーステナイト系ステンレス鋼を500℃~850℃の範囲で加熱し除冷した場合、粒界組織内に炭素(C)が析出しクロム(Cr)を取り込みクロム炭化物 となり粒界腐食しやすくなる。この処理を鋭敏化熱処理といい、腐食環境に接すると比較的早く進行し、金属は脆く破損しやすくなる。従ってSRO対策で熱処 理を必要とする金属シースは、低炭素鋼(SUS316L)や安定化オーステナイトステンレス鋼 (SUS347、SUS321)等を選択するのが賢明である。

■参考文献

  • 1)

    A.W.Fenton : The travelling gradient approach to thermocouple research, Temperature Vol.4 -1972

  • 2)3)

    田村 洋一:実用「熱電温度計」計測技術-1995、5月号

技術資料